みんな元気ですか
昨日の続き
ワコは彼女の父親の物語をいくつか僕に語った。
それはいまだにワコの中に鮮明に思い出として生きている。
その頃はワコはまだすべてを理解するには幼かった。
しかし精霊となったいま、彼女はその時に起きた事すべてを知ることが出来た。
その場所で起きたことは土地の精霊に尋ね、人が関係した事柄は当時の関係者(今はなくなってしまった人たち)に聞くことが出来たんだ・・・
みんなワコには喜んで何でも教えてくれた。そこで起きたことを。
そしてみんなそれをワコに話すことを誇りに思っているようだった・・・
父テンゾーはそれほどみんなに慕われていた・・・
テンゾーは自分の夢の実現のために自分に賛同してくれる仲間とともに歩んでいた。
自らも惜しみない努力を積み重ねていた。
しかし彼にとってはそれはつらい努力ではない。
夢は一歩一歩現実のものとなって行く。
そのことから得られる喜びは何物にもかえがたい。
彼には信念があった。
人が追いかける夢の中でも最も尊い夢・・・
それは多くの人を救うこと。
この信念が常に彼を支えていた。
そしてその夢に向かって生きる時には必ず助けがあった・・・
彼には特別な友人がいた。必ずしも志を同じくする友人ではない。
しかし心から信頼のおける友人。
・・・それは奇妙なことに上海最大のギャング団青幇(チンパン)の大ボス杜月笙(とげっしょう)だった。
当時上海には鐘紡をはじめとして7つの日本資本の大きな紡績会社があった。
日本が勝利した日清戦争の莫大な賠償金を利用して設立されていた。
上海近郊の豊富な原料と安価な労働力をてこに利益を上げ業績は好調であった。
しかし現地労働者のストライキが頻発した。
表面的には労働賃金を上げるためのストライキだったが実態は裏社会が煽動していた。
それは労働者の地位向上のためではなかった。
増額を勝ち取った報酬をそっくりそのまま青幇グループの資金源の一つにしていたのである。
杜月笙は上海の裏社会の大ボス。このストライキの総元締めだった。
テンゾーはこの実態を知ると一人で杜にストライキをやめるように直談判に出かけた。
人望を見込まれて紡績会社同業組合に依頼されたのだ。
このころテンゾーは上海でも日本人に限らず幅広い人脈と情報源を持っていた。
テンゾーはひとりで杜月笙の屋敷に乗り込んで行った。
その館は上海南西部のフランス租界にあり、広壮な邸宅だった。
応接間に案内された。
見事な室内装飾が並んでいる。
杜の部下の幹部がずらりと並んでいる。
初対面の自分に少しでも怪しい面があれば簡単に抹殺される事はすぐにわかる。
杜月笙は大幹部とともに対峙する。
河江クリークを利用する通運業者の自己防衛のため共同組合を母体とする組織であったが、その組織は強力であり、かなり危ないことにも手を染める秘密結社のボス。
それにふさわしい貫禄を備えていた。
「お前は何物だ」と相手が威嚇する。
「私は日本人。テンゾー。中国名施泉(シッツオン)という」
「お前、ここが何処だかわかっているのだろうな。ここは治外法権。一つ間違えばお前の命は消し飛んでしまうんだぞ。」杜は脅しをかけた。
テンゾー「それは脅しか。大ボスらしくもない。脅しと言うものは、命や名誉が惜しいものだけに通用するものだ。私には脅しなど通用しない。命がほしければいつでもあげる。考えてもみなさい。命が惜しければこんなことろにのこのこやってくるバカもいないと思うが。」
杜「お前の命をもらっても仕様がない。いい度胸だ。それにしても面白いやつだ。一つ聞くが、お前はどうして命が惜しくないのか。」杜は椅子の背に体を預けた。
テンゾー「命が惜しくないのかと。驚いた。そういう馬鹿な質問をする気持ちがわからん。この世で命をかけないで何が出来ると言うのだ。この世では正しいことをやるには命をかけないと出来ないのだよ。」
杜「よくわかる。その通りだ。しかしどうしたら命が惜しくなくなるのか、お前の話を聞かせてもらおう。」
杜は少しテンゾーの迫力に押されてきた・・・
テンゾー「それは重大問題だ。その方面ならあんたの方が先輩ではないのか?いつも命を的にやっているのではないのか。」
杜「いや、そうもいかん。命の問題は我々にとっても一番の問題だ。私としても本当のことろなかなか解決のつかない問題である。そのまま今日まで来てしまった。君の意見を聞かせてもらいたい。」
テンゾー「無の境地になることだ。それが出来なければ、命を上回る価値のあるものにぶつかることだ。それを見つけ出すことだ。それは本人次第だ。その者がどのような事を命に代えてもよいと思うか、それによって決まるのだ。」
杜「なるほど道理だ。よしわかった。その辺にしとこう。青二才にしてはなかなか面白い。言うとおり仲良しになってやろう。」杜も物の道理への勘は鋭い。人生裏街道でそれなりの苦労を重ねてのし上がってきている。5000人の配下を持つ組織をたばねる大物であった。
テンゾー「それはありがたい。しかし私は仲良しになると言っても悪いことをやるのはごめんだ。一生かけて善の道を歩こうと念願しているのだから。」
杜「よしわかった。では兄弟になったしるしに何かやろう。何がほしい。」
テンゾーは天地の真理以外何も要らぬ・・・と言いたかったが紡績会社のストをやめてくれることを望むと杜月笙はそれを約束してくれた。
テンゾーと杜はこうしてお互いの力量をしり、それ以来お互いに信頼のおける友人となった・・・
この続きはまたね
(テンゾーがきょうは無事でよかったよ・・・ほっ)