いるみなてぃー 17 あれから10カ月

みんな元気ですかドキドキ

前回の続き・・・グッド!

東日本大震災からもう10カ月が経ちました。原発の問題をはじめ

いまだに多くの問題が山積みになってはいますが復興の足音が

少しずつ聞こえてくるようになりました。多くの人が絆を深め助けあい

世界が心を一つにした結果だと思います。

その復興を助け被災者の心の支えになった多くの人がいました。

その代表的な存在が自衛隊であることは誰もが認める事

だと思います。地震発生後数時間で現地に到着し、結果述べ10万人

の人員を送り込んだのです。日本の自衛隊の3分の1に上ります。

彼らは多くの被災者の声をじかに聞き的確な判断で人々を助けました。

救助した人命は10,000を超えます。人命救助は多くの危険を

ともないます。しかも地震発生直後はとても寒い季節でした。

しかし自衛隊員は誰一人としてそれを厭うことなく活動を

続けました。擦り切れてやぶれた手袋のまま水の中を探したのです。

しかしその自衛隊の活躍に関しての報道はあまりないのです。

それどころか今でも奇妙な報道管制が敷かれている節があります。

Youtubeにも本当に多くの自衛隊に関する活躍の様子や感謝の声が

寄せられています。しかしどれ一つとして「共有」できないのです。

アメブロだけではなくどの種類の他ブログにも簡単には貼り付ける事が

出来ないようになっています。

以下は阪神淡路大震災の時の救助に当たった自衛隊の部隊の

救援終了時に地元住民とのお別れの時に起きた出来事の一幕です。

QUOTE:

「若者の代表として一言だけ言いたいことがあります。」

焼け野原に立つ避難所の一角で、

その青年は拡声器を握りしめて話始めた。

真っ赤に泣きはらした瞳から流れる涙を拭いながら

絞り出すように、しかしはっきりと話を続ける。

「これから僕らがこの神戸を

立て直して行かなければなりません。

その後ろを押してくれたのが

自衛隊の人たちです。」

周りにいた大人たちも涙を流し

そして思わずきょう別れる事になった

陸自・災害派遣部隊の人々に駆け寄る。

「長い間、ありがとうございました!」

青年はそう叫ぶと、

一人の自衛官の胸に飛び込み、

そして声を出して泣きだした。

自衛官も頼もしい腕で抱きしめ、共に泣いた。

”自衛隊さん、ありがとう”

そう書かれた横断幕が風で揺れる中、

自衛隊最大の任務はここに幕を閉じた。

UNQUOTE:

(このお話は以下のURLで見る事は出来ます。

http://www.youtu.be/watch?v=Ix4SPzxerxg&feature=related

このページの関連画像にも本当に多くの自衛隊に関する記事があります。

どれも自衛隊に感謝をしその献身的な活動を伝えています。

しかしその動画を他に貼り付けて共有する事は出来ないのです・・・。)

このような光景は東日本大震災の時もそれこそ数え切れないほど

毎日あったことは想像に難くありません。しかしYOUTUBEだけでなく

そのような報道は一部を除いてほとんどわれわれの目には届きません。

自衛隊の存在が広く話題に上り国民の関心事になると

都合が悪い勢力がいるのです。

その勢力は報道を規制する事も簡単にできるのです。

続きはまたね・・・

イッピーの独り言

(瞑想の中で解決の道を祈るボク・・・パー

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