聖徳太子 8 ナニャドラヤ

みんな元気ですかドキドキ

呪詛のこと・・・グッド!

日本の歴史においては聖徳太子の時代こそが最も呪いと封印の技術が

必要とされてそして発達した時代だったのです。

日本全体を巻き込む宗教の対立が背景にありました。

それはスサノオ・二ギハヤヒを祖神とする神道の物部氏と

曽我氏・藤原氏の仏教との覇権争いの形をとりました。

皮肉な事ですが・・・大規模な戦いはいつの時代にも新しい技術の

生みの親となります。新しい呪詛の技術が大陸からもたらされました。

当時の日本でその新しい技術の頂点にいたのが聖徳太子とその

側近の秦河勝でした。二人とも西洋の技術に精通していました。

その当時の西洋と言えば今のイランなど中近東を中心としたバビロニアや

古代ギリシャにあったフェニキアなどでした。共に古代ヘブライ語が公用語

でした。もちろんその先には古代エジプト文明があり古代シュメール文明が

ありました。カバラの数秘術なども聖徳太子や秦河勝が理解するのには

それほど困難はなかったのだと思います。古代ヘブライ語に精通していたと

考えればごく自然なことだったとはずです。当時は日本語もさることながら

中国語をはじめとして外国語に精通していることが支配階級の重要な条件

でした。当然の事ですが、キリスト教にも造詣が深くダビデ神を祀る秦氏や

聖徳太子にはヘブライ語は自然な流れの上にあったのではないでしょうか。

そしてそれこそが今でも日本各地に古代ヘブライ語が残っている理由だと

考えます。東北地方に伝わる民謡「ナ二ャドラヤ」はその一部かもしれません。

続きはまたね・・・

イッピーの独り言

(それおいらの歌だべし・・・ナニャ~どらネコ・・・じゃないってば汗

ペタしてね