陰陽師の謎 19 再び聖徳太子の光と影

みんな元気ですかドキドキ

前回の続き・・・グッド!

大分廻り道をしました。

話をすこし本筋に戻します。

世界は光と影のニ極です・・・

聖徳太子には光の部分と影の部分があります。

先の章で太子は外国人の可能性があると述べました。

日本書紀によると太子は蘇我氏の血脈であると述べられています。

ちなみに物部守屋を滅ぼした蘇我馬子は太子の叔父にあたります。

この日本書紀の記述が本当かどうかは極めて疑わしいのです。

と言うのは他に記録がないからです。太子の出生に関する記録や

政治活動に関する記録が日本書紀以外にはないのです。

あれだけの実績を残した人物にしてはその公式記録がないのも

非常に不自然です。あえてすべての記録が消されたと思う方が

自然なのです。ここには藤原氏のある意図が見え隠れします。

蘇我氏は藤原氏によって討伐されました。

本来であれば蘇我氏一族とされる太子も討伐の対象になっていても

おかしくありません。当時の戦いは敵を完全に葬り去るまで続きました。

一族郎党すべての敵を・・・。最大の証拠が古事記・日本書紀です。

これまで見てきたスサノオ・二ギハヤヒは歴史から消されているのです。

消すことができない史実は神話やおとぎ話にすり替えられています。

一例ですが・・・

弓削道鏡(ゆげのどうきょう)という人物がいました。

当時の女帝に近づき天皇の地位を狙った極悪人とされています。

しかし・・・

彼はれっきとした物部氏の・・・つまり二ギハヤヒの直系の子孫です。

一介の僧侶ではないのです。大連(おおむらじ)弓削氏の血筋でした。

藤原氏以前の正当な政治に戻そうとしたと思えるのです。

その血筋ゆえに徹底的に話がすり替えられた可能性が高いのです。

藤原氏にとっては物部氏の時代に逆行する事が最悪の事態でした。

さて・・・

太子が蘇我氏の一族であればその実績も否定されているはずです。

聖徳太子は実在の人物でした。しかし実際の人物とはかなり違った

人間像にすり替えられていると思われます。

太子が外国人であることは彼の表に出せない影の部分かもしれません。

しかし彼にはもっと大きい闇とも呼べる部分もあったのです。

太子はスサノオ・二ギハヤヒの完全なる封印に力を貸していた可能性が

あるのです・・・。さらには、力を貸していたというよりも実際には表で

目立った行動は起こさず陰ですべてのシナリオを描いていたという

可能性すら否定できないのです。

しかし・・・

物部氏から蘇我氏へと政治が移り変わりさらに藤原氏にすべてが

委ねられたことがもし歴史の必然だとすれば太子の行動は決して「闇」

という評価はあたらないのかもしれません。

なぜなら・・・

聖徳太子の存在こそが陰陽師の生みの親である可能性があるのです。

あなたは本当は誰ですか・・・なぞ多き聖徳太子よ!

続きはまたね・・・グッド!

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イッピーの独り言

(若き日の弓削道鏡)

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