みんな元気ですか
前回のつづき・・・
秦の始皇帝の父親は碧眼だったと伝わっています。
つまり西洋人です。
彼の地下帝国はエジプト文明の踏襲です。
ダビデ・モーゼにその元をたどることが出来ます。
思い起こすと・・・
モーゼは長い間多くの民を引き連れて不毛の沙漠を彷徨いました。
ダビデも活動の中心は中近東です。多くが沙漠の土地です。
彼らの豊かな「緑」に対する執着は非常に強いものがあったと
想像します。
モーゼ・ダビデを祖神とする古代ヘブライと繋がりを持つ民は
中国では「客家」(はっか)と呼ばれました。
この漢字の意味からも分かるようにもともと中国の土着の民族では
ありません。独自の言葉と文化と土着民族とは交わらない独特の
住居の構造を作っていました。「円楼」という一族・親族だけで暮らす
丸い内向きの居住構造が今でも使われています。外部者の侵入を
防ぐ構造になっています。少し前に上空の人工衛星から撮られた
円楼の写真が点在するミサイルの発射基地に見えるとアメリカが
問題視をし、もう少しで攻撃の対象になったことがありました。
彼らの言葉や数字の数え方など日本語と近いと言われています。
ちなみに海外で活躍する中国人を「華僑」と言いますがもともとは
この「客家」を中心とした民族です。移動を得意とするんです・・・。
ちなみにシンガポールは中国民族国家です。彼らも客家出身です。
前ふりが長くなりましたが・・・
徐福はこの客家の独自の文化を携えて日本にやってきました。
移動することは彼らの得意とするところです。
日本全国を移動しました。その先々で「緑」を増やしていきます。
たくさんの植物の種や苗を中国から持って来たと中国側の記録に
あります。土地の人々に「稲作」を教えます。
植樹と食料の確保・増産は彼らの得意とする所です。
徐福は敵を作りませんでした。それどころか外部から
やって来たよそ者にも関わらず日本各地で歓迎されているんです。
それ相応の理由がなければそうはなりません・・・。
徐福が訪れた土地は緑豊かな豊穣の土地に変わって行ったのだと
思うのです。
その考えや行動はスサノオによく引き継がれていました。
実は・・・
「やまたのオロチ退治」のお話こそがその証拠なんです・・・。
続きはまたね・・・
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(客家の円楼・・・多い時は200もの家族が住む)