みんな元気ですか
死後の世界について・・・
きょうの照さんのブログの記事は死後の世界について
以下のようにありました。
(照さんは東北大地震をひと月前に正確に予知した人です。)
転載します
QUOTE:
死後の世界 <2011.11.28>
お空の色が青いと、心の中に清々しさが広がります。
ポッカリ浮かぶ白い雲。いつも見慣れた景色でも見る人の心で
美しくもあり、又、当たり前の光景と受け止める人もおられます。
人生はいかなる時も体験する者の思い方・考え方で、次なるステップが
異なります。65才になった事が原因なのか、最近は死後の世界が凄く
気になり始めています。必ずやってくる「死」を、恐怖で受け止めるのは
何故なのだろうとも思いますが、未知なる世界故に、不安になっている
からだろうとも思います。又、素晴らしき所ゆえ、嫌だと言って帰って
こられた人がおられぬ事から、良い所かなぁとも思ってしまいます。
でもきっと死の世界に足を踏み入れる瞬間に次なる世界が決まる気が
しています。「死」は、私達に与えられた試練なのではなく、死を迎える時の
人としての感性の中にあり、幼子も赤子も大人達もあちらに帰依する瞬間、
同じ立ち位置で死の世界を見ているように思えるようになっています。
この間の大災害であちらに帰られた方々と、スターリンやヒットラーによって
殺害された方々とはあちらに帰る停車場が違い、地球の意志による帰依の
場合、次なる世界は想像以上に素晴らしき場所であると私は信じ切って
います。一人の人の権力によって迎えた死は肉体がない分、あちらでの
立場が逆転して、人の命を弄んだ人は今世での苦しみ以上の日々になる
のも分かります。事故死のように、自分は「生きたい」と思っていた人の死は
こちらに残された者が逢えた事を喜び、感謝の言葉の日々が続くと
「生まれて良かった」があちらで分かり、次なるステージへと進めます。
「病死」については、自己責任が原因なのか、年令なのか、その人の病気
の原因でも異なるものの意外と次なるステージに早く進めるとも思って
います。自殺も私が感じる世界は「病死」に入っていると思っていますが、
自己中心的考えでの死は残された者の悲しみや辛さをあちらで見る度に
次なるステージには中々進みにくく、出来る限りこの自殺だけは死の方法
として選ばれないようにと書かせて頂きます。又、大切な方を自殺で
亡くされた方は悲しまれる前に「いつも逢えて良かったよ」を心の中で
話されると、自殺と云う死を選んでしまわれた方のお心が安らぎます。
UNQUOTE:
死後の世界を疑う人は最近は信じる人よりも少なくなった気がします。
毎日不思議な世界の人たちとお話をされている照さんは死後の世界を
当然あるものとしていつもお話をされています。
そして東北大地震で亡くなった方々については以前にも書いて
おられましたが地球の意志で犠牲になられた場合「想像以上に素晴らしい
世界に行く」と言っています。
これはルナマイさんも同じことを言っています。
ルナマイさんが東北に祈りの心を向けたときにすべての犠牲に
なった方々はすでに光の世界に行かれた・・・と書いてありました。
素敵なルナマイさんのブログは
→こちら
ボクは思うんだ・・・
この「想像以上の世界」や「光の世界」がどんな世界なのか
それこそ「想像」するしかない。でもそれがそうでない世界とは
明らかに大きな違いがあるということはわかる。
そしてそれを想像している自分に気がついた時
もしかして自分も死後の世界に向けて心の準備を
しているのかもしれないと思う。
ボクは違うことも思う・・・
それこそ・・・死後の世界に向けて心の準備をすること
それ自体が「生きている」事の意味かもしれない・・・って。
続きはまたね・・・